優しい呪いの使い方

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* 「あらあら。絵描きさん。話はすべて済んだはずじゃ?」  白髪頭の老人は、ツナギ着用の女子と、後ろに従えた黒いスーツの若い男という怪しげな来訪客を見ても、あいかわらず嫌な顔ひとつしなかった。  繁盛という言葉が恥ずかしいくらい盛ってもいない、華もない、あまりパッとしない繁華街。シャッターを下ろした店がいくつもある。  法律が改正される前はかなりの賑わいがあったが、飲酒運転の取り締まりが厳しくなると、街は灯が消えたかのように静まり返った。  間を抜ける通りにはそれなりに交通量があるが、みな通り過ぎるだけだ。  立ち行かなくなった店は畳むほかない。そうした店がどんどん増える。そうして地方都市は崩れていく。秩序はもちろん大事だが、誰を守るための法律なのかと、ときどき考えてしまうことも少なくない。  そのうちのひとつの雑居ビルに初めて訪れたのは、つい三日前だ。 「確認し忘れたことがひとつあった」  そう告げると、依頼主の老人は不思議そうに目をまるくしてみせたが、笑顔をくもらせることはなかった。でも、疲れは浮いて見える。 「上がってお茶でもどうぞ。あいかわらず汚いですがねぇ」  最初から上がり込むつもりだったので、わたしは遠慮なく敷居をまたいだ。あとから、玄丸が二人分申し訳ない表情を作ってついてくる。  ガラスの扉を抜けると、最近まで本屋だったそこには、三日前と同じくまだ棚が置かれたままで、本も突っ込まれたままだった。  ただ、そのうちの一部の本は紐でくくられ、床に乱雑に置かれていた。
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