優しい呪いの使い方

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 すべてのものには(いん)(よう)があって、それは自分のような人間にとっては馴染み深い(ことわり)ではある。  でも、どれだけ身に沁みようと、簡単には割り切れないときがあるのが正直なところだ。  玄丸は、ただ黙って積まれた本を見ていた。 「描き上げるまでの日数と、描くものはお嬢さんのおまかせ、それから、料金は描くのに使った材料分。確認はそれだけじゃなかったかい?」  孫ほどの年齢でしかないわたしに気を遣っているのか、出された飲み物は今回もサイダーだった。  小四の男子じゃないって。秋も深まったこの頃は、むしろ熱い煎茶でいいって。そうは言えずに、炭酸が弾けるコップに口をつける。  事務所として使っていたらしい隣の部屋も、片づけ途中といった感じだ。  狭い部屋の中央に、小さな事務机とパイプ椅子が二脚。両側に積み重なった本は、今にもこちらに雪崩を起こしてきそうだ。  買い取った部屋なので、片づけると言っても急いでいないのだろう。このあとに、このビルの一階を借りたいと申し出る人は現れていないと聞いた。貸す気もないのだと打ち明けられたのも、前回の訪問時だ。  店の老主人は最初立ったままで、前回と同じく玄丸に椅子を勧めたが、前回と同じく玄丸は手を振り断った。逆に勧められ、遠慮がちに老主人が腰を下ろした。これも以前と同じ流れだ。
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