優しい呪いの使い方

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 部屋は使わなくなるが、下ろしたままのシャッターがなんとも寂しい。そこに絵を描いて欲しい。通りかかる人が思わず立ち止まって微笑んでしまうような、そういう幸せな絵を。  わたしのホームページに初めて連絡をくれたとき、老主人はそう言った。 「孫からお嬢さんの噂を聞いたとき、ピッタリだと思ったんだよ。絵の依頼主を幸せにする不思議な絵を描くんだろう? だったら、その絵を通りかかりに見た人だって幸せにできるんじゃないかと思ってねぇ」 「そこは保証しない」  わたしはコップを置き、ピシャリと言い放った。 「言ったよね。わたしが描くのは、依頼主を占って、陰陽道から導き出した相性のいいものの絵だって。(まじな)いみたいなもんだけど、(まじな)いと(のろ)いは同じ字を書く。つまり絵に(のろ)いを込めるのと同じことなんだ。本来依頼主だけに働く(のろ)いが、他の人にどういう作用を引き起こすかまで責任持てない」 『幸運を呼び込むスプレーアート描きます』  そんな(うた)い文句で玄丸にホームページを作ってもらってから、もう数年になる。わたしはそういう類いの扱いには弱い。スマートフォンの設定でさえ、いちいち彼に任せているほどだ。  作ったばかりの頃は冷やかしのコメントばかりがきた。あとは、エロサイトからの広告収入斡旋のメール。  最近でもそれらが減っている印象はないが、その中に、ぽつぽつと真摯な依頼も増えてきた。玄丸はSNSでわたしの絵の評判を見たという。  世の中には、藁にもすがりたいほど悲しい想いを抱えた人は意外と多い。
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