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「何だそういうことなら簡単だ」  彼は乾いている石段に腰を下ろして言った。 「では、あなたから奪われてしまった波音の代わりに僕があなたに新しい音楽をあげよう」  そんなに簡単そうに言われてもね。彼に、私の、あの音楽と生きてきた十二年間がわかってたまるか。 「大丈夫だよ。なぜなら、僕がこの街の音楽そのものだから」  指先を高く上げて、何かをつかまえるような動作。つかまえた目に見えぬ何かを両手で愛しげに包み、そっと胸に当て、彼は空気を吸い込んだ。 『風が来るよ 僕の魂をあの場所へと運ぶために やがて来る日々のあの樹のもとへ 夢で見たあの場所へ きみはこの今何を見ている? 顔も知らないきみの居場所へ 想いだけが走っていく。 風と記憶と奇跡が、 きみの痛みを連れて来るから。 風が僕といつも傍にいて 僕に吹きつけている 僕は僕になるためだけに 今風を見ている 今は風だけを見ている』
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