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……いや、それは忘れていない……真人の亡くなった山の頂にある花畑で、俺達はよく鬼ごっこなんかをして走り回っていたんだ……。
そう言われてみれば、なんだかここの景色には見憶えがあるような気もする……そうか。すっかり忘れていたが、まだ別荘だった頃のこのペンションの建物も俺は何度となく目にしていたんだ。
だから、このペンションの画像を旅行サイトで見た時に、俺は無意識の内にも心惹かれていたというわけか……。
「そうか。ここがマトンの死んだ山だったのか……山で遊んだことはなんとなく憶えてるよ。まさか、そこが宿泊先のすぐ近くだったとはな……」
「少しは思い出したみたいね……でも、こんなのはまだ序の口よ? もっと驚くようなことを明日報告できると思うわ」
山というよりは丘と呼ぶ方がふさわしく感じられる建物裏の小山を見上げ、呆然と佇みながら譫言のように俺が答えると、あずさは不敵な笑みを浮かべながらそう告げて、俺達の横をすり抜けてゆく。
「それじゃあ、明日のお昼に〝おもひで〟でね……あ、そうそう! 驚くっていえばもう一つ。あなた達の他にも意外なお客さんがここにいたわよ。お二人にもよろしくね」
「お二人?」
そして、言い忘れていたかのようにそんな意味不明の台詞も言い残し、若干、涼しさの感じられるようになった空気にカナカナ…とヒグラシの声が静かに響く中、キラキラと湖畔に乱反射する金色の西日を横顔に浴びて、あずさは俺達のもとを去って行った。
「………………」
そんな美しくもどこか淋しさの感じられる夏の日の暮れゆく湖畔の情景に、眩い夕陽に溶け込んでゆくあずさの後姿を見送りながら、なぜだか俺はもう二度と彼女に会うことができないような、そんな不安を掻き立てる悲劇の前触れのようなものをそこはかとなく感じていた。
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