第六話

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 そういうことか、と龍哉はそこでやっと、柚斗が何故このアパートに居るのかを理解した。 (兄さんの想いが届いたのかな……)  柚斗が東條の家を抜け出した経緯はわからないけれど、外の世界を知らない彼は、何処よりも安全な場所で、誰よりも安全な相手に守られていたのだ。 『龍哉、さん……?』  黙り込んでしまっていた龍哉は、心配そうな柚斗の声に慌てて我に返る。 「ごめん、何でもない。取り敢えず、状況は大体わかったから、一旦電話切るね。すぐに行くから」  そう言い置いて通話を終えた龍哉は、すぐ様目の前の扉を控えめにノックした。 「すみません」と龍哉が扉越しに声を掛けると、少しして、ゆっくりと扉が内側から押し開けられる。その先に立っていたのは、やはりあの黒髪のΩ女性だった。 「貴方、あの時の……」  彼女の方も龍哉の顔を見るなり思い出したのか、大きな瞳を驚いたように瞬かせている。そんな彼女の肩越しに、室内でぐったりと横たわる少年の姿が見えた。目の前の女性と同じ、長くて艶のある黒髪に、整った顔立ち。こうして揃っているところを見ると、確かに卓巳の言う通り、他人だと思う方が困難な程二人は本当によく似ていた。  扉が開かれたことで、柚斗から放たれているフェロモンが一際強く香り立つ。     
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