第八話

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 唇を噛み締めてフルフルと首を振った柚斗の背中を、男性スタッフが「ほら」と軽く押す。それを合図に、ボロボロと涙を溢れさせた柚斗が、漸く卓巳の腕の中に飛び込んできた。  やっと卓巳の元へ戻って来た細い身体を、言葉に表せない想いを込めて強く抱き締める。胸元に感じる柚斗の熱い涙からも、柚斗の想いが染み込んでくるようだった。  男性スタッフが施設長を手招きし、気を利かせてくれた二人が応接室を後にする。 「一人にしてごめんな、柚斗」  卓巳の謝罪に、柚斗の嗚咽が一層激しくなる。宥めるようにその背中を撫でてやると、柚斗が卓巳の腕の中で再び小さく首を振った。 「……ッ、俺……海も、空も、見なくていい……。…────卓巳さんの笑顔が見られたら、それだけでいい……っ」  しゃくり上げる柚斗を抱く腕を緩めて、卓巳は少し腰を落とすと、柚斗の濡れた瞳を覗き込む。 「だったらお前もずっと、俺の傍で笑ってろ」  コツ、と額を合わせて笑った卓巳に、「はい」と頷いた柚斗が、泣き顔のままくしゃりと微笑む。それでも治まらない柚斗の嗚咽を、今度はキスで、卓巳は優しく遮った。
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