第二話

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 勿論、何事かと驚いたのもあるのだが、風に乗って響いてくる女性の怒声が、幼い柚斗の顔を見るたびに怒鳴りつけていた女の人を思い起こさせたからだ。あの人が柚斗にとってどういう存在だったのかはわからないが、あの声は、好きじゃなかった。  柚斗が少し憂鬱な記憶に浸っている内に、女性はいつの間に東屋から姿を消してしまったのか、そこには細長い人影が一つだけ残っていた。  怒って立ち去ってしまったらしい女性を追い掛けるでもなく、かと言ってそう落胆している様子もなく、残された人影はぼんやりと東屋に座っている。それは、柚斗が知っている恋人同士の姿とはすっかりかけ離れてしまっていた。  ついさっきまでは逢瀬を楽しむ男女、という雰囲気だったのに、恋人という関係はこんなにも一瞬で綻ぶ関係なんだろうか。それとも、二人は端からそんな関係ではなかったんだろうか。  所詮は本を読みながらただ想像することしか出来ない柚斗に、二人の出会いから別れまでのいきさつなんて、予想出来るはずもなかった。だから、東屋に一人残された男性が、まさか柚斗の居る蔵へやって来るなんてことも、全くの想定外だったのだ。    蔵には毎日三食、食事を運んでくれる人が居る。  時計がないからその時刻までは柚斗にはわからなかったが、感覚的に「そろそろかな」と思っているとそっと小窓から食事のプレートが差し入れられるので、恐らくほぼ定刻に運ばれてきているのだろう。     
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