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ホテルの最も高い場所に部屋を取っていた。この少年は今まで何度もこのような部屋に泊まっていたはずだ。新鮮味もないだろう。
先にある広く大きな窓辺からはオフィス街や歓楽街を一斉に見渡すことができる。だが、彼はそんなものに感激する男ではない。
「ねぇ、ジルベール。また戻るの? 学校は……?」
「勉強なんて、いつだってできるさ」
「まだそんな世捨て人みたいなことを言うのね。そんなに嫌い……? この国が」
「嫌いだね。それに憎い」
少年の綺麗な顔がグシャッと歪む。児童文学に登場する悪童のようだ。
「だったら、もう出なさいよ。気が済むまで私と一緒に」
ファニーは提案する振りをして自分と一緒にいるように促した。ジルベールが「ふはっ」と吹いて笑う。口を大きく横に開いて歯を見せる笑い顔は意地が悪い。「アンタと一緒……? 冗談じゃないよ」そう思っているに違いない。
「面白いこと言うね。ファニー!」
少年はわざと破顔した。それくらいのことは自分にだって分かる。「まただわ……」とファニーは思った。いつだって男は本気にしない。
「でも……イギリスを出るのはいい考えかもしれないな」
ジルベールが虚ろな目をして言った。瞳も唇も薄く開かれている。そのまま全くその気がないといった様子で「起きるよ」と口にした。
やがて気怠げに体を起こすと、おもむろにキッチンへ向かい、私が買っておいたミネラルウォーターを飲みだした。いちいちコップに移すあたりが自分勝手なのか、否か――細く白い喉が男らしい音をたてた。
「あなたは……もうしばらくここにいるの?」
「どうして?」
「出れば? って言ったから。いなくなるのかなって」
水で濡れた口元を拭った手の甲に目線を落としながら問うてきた。ここで目を合わせないのは何故だろう?
「どうかしら……?」
もしファニーがあと少し賢ければ或いは物事を考える元気があったなら、「何かの賭けか……?」と勘繰ることもできたはずだが、彼女はもう疲れていた。だって誰も自分に本気にならないのだから。
「わからないわ。何も……決めていないの。ただ寂しいだけよ、わかるでしょう?」
答えなど求めてはいなかった。
「……ジルベール……」
きらめく夜景を背負う美少年に声をかける。
「あなたは、誰かに本気になったことがあるかしら……?」
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