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第1章
「埋もれた世界」 青野ミドロ
目を覚ますと、ここがいつもの自分の寝室ではないことに気づいた。
しかも起きているのに、どこか夢うつつで、周囲の景色がぼんやりとしている。
すると急に母が近づいてきて、言った。
「ここは埋もれた世界よ、ハルナ」
そう言って金の湯呑みでお茶を入れてくれた。お茶には手を出さず、わたしは動揺していた。
「埋もれた世界?」
「そうよ。すべての埋まるものが息する世界。埋まっているものならなんでもこの世界で生きる権利が与えられる」
「そんな世界がどこにあったっていうの?」わたしは思わず訊き返していた。
「かつて生きていた世界とは違う次元にあるみたいなの。母さんもよく知らないんだけどね」
金の湯呑みを掲げながら母は続けた。「黄金なんてどこにでもあるのよ。昔の人がよく誰かに盗られないよう埋めていたから」
わたしはハッとした。「父さんは? 単身赴任中に津波にさらわれて行方不明になった父さんはここにいるの?」
母はニコリとしながら言った。「もちろんいるわ。地底と同じく海底も埋もれたものと同じ扱いになる。だから海底に沈んだものも等しく生きる権利が与えられるのよ。父さんはそこの庭先でゴルフの素振りをしているわ」
首を傾けると、庭先でびゅんびゅん、という素振りの音がした。
そうなのか、あの津波で亡くなった人も、全員、ここで暮らしているのか。なんだか居心地が良さそうで安心した。
母と父とわたしの三人で台所に集まり、朝食を摂ることにした。テーブルもお皿も箸もすべて金でできていて、なんだか悪趣味な場所に来たように錯覚した。
「母さんはいつからここに居るの?」
「実は昨日ここに来たばっかりなのよ。この世界のあらましは全部父さんから聞いたの」
そうなのか、とわたしは母の言うことをぼんやりしながら聞いていた。母は箸を動かしながら饒舌に話し続けた。
「この深海魚の煮つけ、おいしいわよ」
「あの津波に呑まれた人達からこの世界で初の首相が出たそうよ」
「タイタニックが日本に寄港しているみたいなの」
「徳川埋蔵金発掘の放送がされる度に、あれは私達がもう使いこんじゃったのにって笑っていたそうなんだけど、最近放送されなくなって寂しくなっただって」
わたしは、訊きたいことがあったのだけれど、それが思い出せずにいた。
父が新聞紙を閉じると言った。「裏の畑の奥に小さな社があるから、そこへ挨拶しておきなさい」
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