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はぁい、とわたしは返事すると、食器をシンクに置いて、つっかけを履いて玄関を出た。
まるで他人の家に迷い込んだような、見慣れない玄関と靴だった。
わたしは社を見つけると、手を重ねて神様に拝んだ。
「ハルナです。これからお世話になります。どうぞよろしくお願いします……あれ?」
わたしは自分が変なことを言っていることに気づいた。お世話になります? どうして埋もれた世界にお世話にならないといけないんだ?
「わたし……死んだのかしら?」そう口にすると同時に、世界のうすぼんやりとした景色がさらに薄まった。
「諦めちゃだめだよ、ハルナ」後ろから父が声をかけてきた。隣には母もいる。
「この子は光を放っている。まだこの世界で暮らさずに済むかもしれない」父が言った。
母も声をかける。「ごめんね。予定よりずっと早くに逝ってしまって……でもあなたには、カケルがいるもの」
「カケル……」わたしが弟の名を呟くと同時に、わたしの体はふいっと宙に浮かびあがった。
「久しぶりに会えて嬉しかったよ、ハルナ」父が言った。
「生きるのよ。私たちの分まで」母が言った。
そのままわたしの体は世界線の彼方まですっ飛んで行った。
しばらくするとわたしは闇のなかにいた。身動き一つ取れず、とても息苦しかった。
「…………! …………! …………!」なにかがわたしに訴えかける。それに応えようと懸命にもがく。
「ハルナおねえちゃん!」弟の呼びかける声が聞こえた。目の前では重機が動いて、上体にかぶさっていた土砂をどかしてくれていた。
そうだ、わたしは台風の影響で起きた土砂崩れで被害に遭い、弟を連れ出して家を飛び出したところを土砂に吞み込まれたんだっけ。
救助用の重機は土砂が薄い層から徐々に掘り出し作業をしていたが、大量の土砂に埋もれ倒壊した家にいた母の生存はもはや絶望的といえた。
土から顔を出したわたしは、弟の無事にほっとしながら、いまだ土砂に埋もれている母のあの世界での言葉を思い出し、一筋の涙を流した。
(了)
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