1・テレキャスター
1/64
1/64

1・テレキャスター

 楽器店に用事があった。  高野楽器店は、主にエレキ・ギターを扱う、この街唯一の楽器店である。    楽器店に用事があるといっても、修理や売買が目的ではない。ギターを買う金はないし、売りたくとも一本も所有していないのだった。    一本も所有していないと今いった。  しかし、実は、クリーム色のテレキャスターが手元にある。  これは高野楽器店から、一日いくらの約束で借りているものだ。  実は、先日までは自分の愛器だった。つまり、私は、楽器店に売った自分のギターを、その楽器店から借りて使っているというわけである。    高野楽器店に用事があるのだった。昨夜から赴くことを心待ちにしていた。心待ちにしていた理由を、順を追って、これから述べていくことになるわけだが、まずは、この借りて使っているテレキャスターについて聞いていただきたいと思う。    所有する最後の一本だったこのエレキ・ギターを売ってしまったのは、一ヶ月ほど前のことだ。  油っぽい長髪を耳にかけ、干したままだったパンツや靴下を取り込みながら、がらんとした六畳の部屋を見渡した。  唖然とした。ギターが一本もないという現実が、実感として染みたからだ。     
1/64

最初のコメントを投稿しよう!