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epilogue
工場が閉鎖された後も、私は何度となくそこを訪ねた。
工場であった形跡は、何ひとつ残されていない。かつて数千人の労働者がそこで汗を流した。悔しさに涙をこぼし、仕事を終えた後の達成感に酔いしれた。食堂でランチを食べ、売店で菓子や雑貨品を購入した。構内に設けられたトラックで、健康のためにランニングをし、体育館でバスケットボールや、バレーや、バドミントンに興じた。
仕事だけではない。実に様々な思いが、工場には詰まっていた。工場は私たちにとって第二の青春だった。ありとあらゆる人の感情が工場を形成していた。
すべてが、あっという間に崩れ去った。巨大なクレーンが工場を破壊し、鉄筋コンクリートの破片に変えた。その破片すら、いつの間にか持ち去られ、残されたのは雑草の生い茂る、広大な荒れ地だけだった。
その荒れ地を見るたびに、私は思い知らされる。変わらないものなどこの世に何ひとつとして無いのだと。我々が絶対であると信じている何もかもが、ほんのちょっとした運命の気まぐれにより、塵のように消えてしまうのだ。
だからこそ私達は、今を懸命に生きねばならない。
通り抜ける冷たい風を頬に受けながら、そんなふうに思った。
〈END〉
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