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つないだ手
翌日はいつもより早く、朝の8時40分に家を出る。
店までは15分の道のり。
私は一番下っ端だから、一番乗りして掃除をしようと思っていたのだ。
だけど、その計画は早々に打ち砕かれる。
「美咲さん」
黒川さんが後ろから走って追いかけてきたのだ。
「ええ!黒川さん、どうしたんですか?まだ開店まで時間がありますよ?」
「美咲さんが、きっとはやく出勤するだろうと思って。」
ぜいぜいと肩で息をする黒川さん。
(苦しそう)
私は背中をそっとさすってあげた。
黒川さんは触れた瞬間は身体を硬くしていたが、
次第に呼吸が落ち着き、心地よさそうに目を伏せてなでられてくれていた。
(大型犬をなでているみたい。可愛い)
わたしがそう思った時だった。
「今、可愛いとおもったでしょ?」
黒川さんに指摘されてしまった。どうやら顔にでていたようだ。
「ごめんね、黒川さんが大型犬みたいだな~って思って、ついつい」
そう言いながら、ふざけて背伸びして頭をなでた。
「気持ちいい」
黒川さんはそう言って目を閉じて、おとなしく私に撫でられてくれた。
「あ!いけない、早く行かないと掃除する時間がなくなっちゃう!」
私がそう言うと、黒川さんはばっと私の手をつかみ、しっかり握りしめて走り出した。
「黒川さん、まだ走らなくても間に合いますよ」
「この方が楽しくないですか?逃避行みたいで」
(え・・・それって、どういう意味?)
聞きたいけれど、それは聞いてはいけないと、心の中で警鐘がなる。
(やっぱり大きい手。心地いい)
私と黒川さんは手をつないで走った。
まるで恋人のように。
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