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「話は変わりますけど、美咲さん、今時間がありますか?」
「時間ですか?」
「ええ、実はよくお見かけしたので、もしかしたら、時間を潰しにこのモールに来ているかと思って、違いますか?」
「そうですけど、何か?」
私はちょっとむっとした。
世の中には子供のいない専業主婦をニートだなんだと非難する声があるのをしっていたから。
(ちょっとガッカリ。黒川さんはそんなこと考える人じゃないって思っていたのに。)
私は軽い失望で今までの楽しい気持ちが一気にしぼんでしまった。
「じゃあ、渡しましたしこれで」
そう言って店を出ようとしたときだった。
「まって、違うんです。ここで働きませんか?」
黒川さんが私の手首をつかんで引き留めながらそう告げた。
「私が、ここで?」
「ええ。今アルバイトで働いてくれる人を探しているんです。それで、美咲さんは花にも興味がありそうだから、どうかなと思って」
(私が働く?)
考えてもみなかった。
寿退社してから3年。私はすっかり労働から遠ざかっていたから。
(でも、やってみたいかも。私も働いて、時間を有効に使えるようになったら、太一との関係もよくなるかもしれない)
「いつからですか?」
「すぐにでも、せっかくですから、いまから面接していきませんか?」
「履歴書とか、なくてもいいんでしょうか?」
「うちは人柄優先なので、履歴書は後日で大丈夫です」
黒川さんは親切だ。花も嫌いじゃない。
こんなチャンスはきっとこの先ないだろう。
「分かりました。いまから面接をお願いします」
私は決めた。一歩前に踏み出すことを。
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