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その名刺を、
左のポケットから出してみる。
トンネルの中の暗さで よく見えないが、
それは日本のテレビ局の NY支局の名刺で、
所在地とTEL番号、そして
”プロデューサー 井上真由美”
と書かれていた。
『 空港に着いたら
ココに連絡しなさい 』
美津子の甲高い声が、耳元でよみがえる。
『 逃げようなんて思わないことね。
こんなハシタ金で 冬のマンハッタンに
放り出されれば、
ホームレスになって、凍死するだけよ 』
――チッ 美津子のヤツ、
ケチなマネ しやがって・・!
井上だぁ~?
オレを殴りやがった 中学のセンコーと
同じ名前じゃねえか、
気にいらねぇ!
ダ~レが オマエの息のかかった
オンナのトコなんか 行くかよっ
オウジは名刺を、グシャッと握りつぶして
バスの通路に放り投げた。
その時、オウジの
目の前の視界が イッキに開けた。
バスが イーストリバーの地下を抜け、
地上に出たのである。
白やパープル 赤 ブルー。
さまざまな色のネオン。
そびえ立つビル、ビル、ビル。
上部は、どれも霧の中にうもれていて
先端が見えない。
まさに摩天楼だ。
東京の高層ビルとは
スケールのデカさが まるで違う。
オウジは巨大なマンハッタンの内部に
いきなり侵入していたのだ。
「うぉおっ・・・!!」
シートにふんぞり返っていたオウジも、
思わず身を乗り出していた。
隣の車線を走る
イエローキャブの 赤いテールランプが、
水滴で曇ったバスの窓ガラスに
残像を残しながら 追い越してゆく。
目を丸くして窓の外を見る、
イナカモン丸出しの自分にハッと気づき
オウジは思わず 車内の白ブタ野郎を、ふり返った。
彼は長旅の疲れで、眠りについているようだ。
自分のダサダサなトコを 見られずにホッとして、
オウジはゆっくりシートの背にもたれ、
元の姿勢に戻った。
まもなくバスは
グランドセントラルステーションに 滑り込んでいった。
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