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歩き慣れた我が家への道だ。いくら廃村になっていたって迷わず進める。やっと家の敷地に入るというところで、またアストレアから声がかかった。
「ちょっと待った」
「今度はなんだ」
「こ、ここはいわゆる聖域じゃないか」
俺は既にその敷地に入っているが、アストレアは境界ぎりぎりのところにとどまっていた。
ふむ、言わなきゃばれないというわけにはいかないか。
「まあ神殿だからな。それがどうかしたか?」
悪びれないで聞き返す。
「どうかしたかもなにも、ここに入れっていうのか君は!」
「なに怒ってんだよ」
「神から墜ちた存在が神殿なんかに平然と立ち入れるわけないだろう! こんな姿を他の神に見られでもしたら……そんな恥ずかしい思いをするくらいならいっそ消えてしまった方がマシだ! 」
言ってることはよく分かる。が、その心配は無用だ。
「ここの神様は不在だし、神官さえいない」
「騙されないぞ! いくらユハの言うことでも信じない!」
嫌がって踏ん張ろうとするアストレアを抱き上げて敷地内を進む。ぎゃあぎゃあと喚いて暴れるが所詮は子供の身体、大した衝撃はない。
数段設けられた階段を登り、建物に触れるところまで近づいてアストレアを地面に下ろした。
「ほら見てみろ、こんなに朽ちた神殿に神がいるとでも?」
何十年も前に民の信仰を失い、神が消えて十数年、人間すら去って数年経った神殿は、雨風にさらされて風化が始まっていた。
神のいる神殿は何もしなくてもそれなりに美しく保たれる。けれど神が消えた途端、あっという間に朽ちていく。白かった壁も柱も薄汚れて、天井はほとんど落ちていた。
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