正義と看守の故郷

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「なに、ここ……」 「神に見捨てられた神殿だ」  絶対の概念を司る女神を祀っていたこの場所は、かつてイヴァンフォーレのどの神殿よりも華やかな聖地だったという。  村は神殿を訪れる者をもてなす商売で潤い、神の加護のおかげで大きな事故も事件も起きない。  ある頃からそんな平和は崩れ始め、俺の記憶にある限りでは既に穏やかな村の映像はない。人々の心は荒み、正義の神のお膝元でさえ正義心は失われていった。全ては、前王から始まった強引な政策のせいだと聞いている。  そして十七年前に若くして即位した現王は、信仰に値する神から正義を外した。  そこからだ、正義に仕える神官一家は迫害されるようになった。 「改めて名乗るよ。俺はユハ・アストレア=レヴィ。正義の女神の従者たる神官の家系、お前の神殿を守る血筋の末裔だ」  それを証明するものはもうほとんど残っちゃいないけど、と付け加えて、野ざらしでもなんとか耐えたらしい祭壇絵画を左手で指してみせる。  村の名はゼルロット、最奧に神殿を構える。  そこに座するは有翼の美女、正義を司る女神。  今は神格を失ったアストレア。  その眉間に、下級看守用の廉価銃を突きつけた。  アストレアは青ざめた顔で膝を折り、震える声で反論する。 「……冗談言わないでくれ。自分の神殿がちゃんとあれば、神の地位を追われることなんてなかった」 「お前こそ冗談言うな。あの日急に消えたくせに」  俺の記憶の底に近いところに、消えた神を嘆く両親の涙がある。  神は神のまま神殿を捨てたのだ。  神が去る以前からの執拗な迫害に耐えていた神官の一族は、そんな中でも献身的に神に仕えていたが、女神は全てを見捨てて別の地へ移った。  何が正義の神だ。  アストレアは小さな声で言う。 「……もしかして、君は全てを知った上で」 「俺はお前が全部分かってて俺を選んだんだと思ってたんだが。言ったろ、いい度胸だなって」
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