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空になった皿を洗い桶に突っ込んでまっすぐ寝床へ。二時間も寝れば宿直の時間がやってきて、無意味な巡回に出なきゃならん。
そしてまた中身が生きてるかも分からない深層の牢へ足を運んで、冷めた飯を腹へ詰める。そんな日が五日続いた、昼飯の後。
深層の檻の中から声がした。
「看守くんは誰の味方?」
囚人の質問には答えてはならないのが原則だ。だから俺は無視した。
でも、すぐにまた聞こえる。
「看守くんは誰の味方?」
耳を澄ませて、他の看守がいないことを確かめる。
一言。
「私は法の下僕ですから」
「法は誰の味方?」
間髪を入れず返ってきた声に、反射的に答える。
「民の味方でありましょう」
「でも、民の正義が法になるんじゃないの?」
俺は考えた。それは確かにそうなのだが、ではなぜ正義は鉄格子の向こうに?
正義が捕らわれているのはなぜだ?
「気づいたかい、世界は狂いだしている」
それは、そうだ。
この世界は狂っている。
正義があやまちを犯す?
だったらどうなる? 正義を裁くのは……何だ?
「けど、一体……」
「君の力を貸してくれ」
「力と言われても……」
「難しく考えなくていい。ちょっと探し物の旅に付き合って欲しいだけだから」
みんなの願いを見失ってしまったんで、探しに行きたいんだよ。
そんな風に、正義は『わがまま』を言う。
民の願いを正義の下へ取り戻すために。
暗闇の向こうから細い手が伸びてきた。血の気のない、不気味にも思える、人間味のない手。
これが正義の手。
もしこれを受け入れたら、どうなるのだろう。
何が得られる?
考えようとしてやめた。もう失うものは何もない。
これは一種の賭けなのだ。割り切れ。腹をくくれ。
それでも躊躇してしまう自分が憎い。きっと俺も狂った世界に毒され始めている。
正義が伸ばした手を、俺は慎重に握った。
希望を期待で潰してしまわぬように。
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