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瞬間、あたしはくるりと振り返りざまに飛び上がって蹴りを入れた。下から突き上げるように。警官はよろめきながら仰け反った。惜しい。でもこの隙きに逃げるしかない。
酔っぱらいのおっさんたちを掻き分け、きらびやかなドレスを着たキャバ嬢の脇をすり抜け、勧誘に精を出すホストたちを飛び越え、中央通りを走る。
これだけ人がいるんだから撒けるはず。逃げ足には自信があるんだ。田舎もん舐めんなよ。
そうタカをくくって通りをまっすぐ走り、道路を突っ切って飲み屋とホテルと駐車場を見送れば、夜の暗みが突如に視界を埋める。一気に静かな寂しい道に変わった。
その道沿いには、ビルの隙間にねじ込んだような朱い鳥居がある。この小さな神社に隠れれば、あたしの存在を消してくれるだろう。息を切らして鳥居の中へ飛び込んだ。
でも……
「おいおい、いかんやろぉ。人ん家に勝手に入ったら」
「え――?」
振り返った瞬間、あたしの視界は黒に沈む――
***
そこで記憶が途切れてしまった。
はて? それからどうなったのか分からない。
「まぁ、手荒なマネして悪かったなぁとは思ってますよ」
帽子男はその風貌とは裏腹にゆるい敬語を使う。そして、部屋の隅にあった(服を引っ掛けたままで見えなかった)冷蔵庫を開ける。炭酸水のペットボトルを出して飲んだ。自分だけ。
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