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光があまり通らない暗色のカーテンが、窓の場所を示している。そして、あのモーター音が換気扇が回っているんだと気づいた。電気はついてないけど、カーテンの僅かな隙間から差す光で、今が夜ではないことが分かる。
ここは、どこか。
パッと思いつくのは、何の機能もしていない事務所。埃とカビ、あとタバコの匂いが染み付いている。ゴミや書類が古ぼけていないので誰かがいるはずだ。
窓を開けてみようかと足を伸ばす。すると、背後で軽い物音がした。
「――あ、起きた? おはよーございます」
ゆるりと明るげな男の声。すぐに振り返れば、まったく見覚えのない黒Tシャツが目に入る。洒落っ気のない服装。
だが、それよりもあたしの警戒が最大に跳ね上がったのは、この男の顔が分からないから。見えない。いや、正確には目元が見えないんだ。深緑のニットキャップを目深にかぶりすぎて、前髪が鼻筋にへばりついている。ちゃんと前見えてるのか……?
怪しい彼は、へらりと口元をゆるめた。
「まぁまぁ、そう警戒せんで」
「いや、するやろ、普通」
男のゆるい口調にすぐさま噛み付く。彼は肩をすくめて笑った。
「おっとっと……あんまし動かんでくださいね。昨日、ほんと大変だったんだから。君は暴れる、俺は怪我するしで。もう二度とこんな仕事するもんかって思いましたもん」
向こうも警戒するように言う。腕に貼った絆創膏を見せてきた。いや、言うほどの傷じゃないし。
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