一章の一

6/11

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/103ページ
 つまり、俺はこの体の持ち主のことをまったく知らないということだ。クレックという名なのかもあやしい。だから、もう全部嘘でいいと思った。別に思い出そうとも思わない。もし家族がいたりしたら、俺はどうしたらいいのかわからなくなる。前の人格がどんな奴だったのかもわからなくていい。もうこの体は俺だけのものなのだ。  俺も会墨に来てから、名を変えた。  ドレウを出て、サイクロプスへ入った時、動物の石像をいくつか見ていた。それで生き物の名にしようと思い、竜と鹿を選んだ。  最初、字が覚えられず、単純な立と花を使っていたら、自分の中でもそれで落ち着いてしまい、そのまま使い続けていた。本当は竜と雄の鹿なのだ、ということは忘れていない。そして、蝿縄市の奴らはたちばなと読むが、しばらく生活しているとリューカ、リューカと呼ぶようになっていた。若干、音が異なるのでりゅうかだと言っても、どっちも同じだ、とてきとうなことを言われていた。  毎日、曇りだった。  ドレウの冬はいつもそんなものだったと記憶している。  だから、逃げた日もその前の日と同じように雪が降っていた。荷はリュック一つだった。そこへあるだけの金とクッキーと水入れ、ナイフを入れ、施設を出た。もちろん夜だった。歩道の脇には身長よりも高く雪が積み上げられ、道はとてもせまくなっていた。     
/103ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加