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「……本当に、良いんですか?」
毎回、私が10センチ程度しか切らないことを知っている馴染みの美容師さんが思わず聞き返した。
「はい」
私は目の前の鏡に映っている、髪の長い女性の目をまっすぐに見つめながら言う。
「良いんです」
鏡の中は、昔の私だ。
長い髪は、私にとって子供時代の象徴。
今からソレとさよならする。
「ショートカットに、してください」
百合恵と真理恵。
私たちは、双子だ。
同じ時間を過ごして、多くの思い出を共有してきた。
真理恵は、私より一足先に成長したらしい。
お姉ちゃんの長い髪が好きだって言ったそばから切っちゃうなんてヒドくない?と真理恵に言われてしまいそうだけど、まぁ良いだろう。
「百合恵さん、ずいぶん思い切りましたね」
耳元でハサミの小気味よい音がする。
露わになっていく耳たぶがなんだか心許ない。
真理恵みたいだ。
一瞬だけそう思ったけれど、私に微笑みかける私の顔は母によく似ていた。
子供の頃、鏡越しに見ていた母。
私の髪を結っている時の、やさしい表情。
「はい」
でも鏡の中の私は、紛れもなく私自身だ。
小心者で疑り深くて、我慢してばかりのちっぽけな存在。でも、これが私なのだ。
「変わりたいんです」
妹の言葉は正しかった。
私、ショートカットもなかなか似合うじゃない。
たったこれだけのことなのに、ずいぶん重い一歩だったように感じる。
「変われますよ」
美容師さんのお世辞も少し、長い髪を捨てる前より素直に聞けるような気がした。
「ありがとう」
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