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熱いたこ焼きはいかが?
その日最後の授業はとにかく腹が減る。
あと十分、あと五分、あと三分、あと…
時計の針は腹が立つ位進みが遅い。
終業の鐘と同時に鞄に適当に教科書を突っ込み、さっさと帰宅する準備を済ませた後、適当に役割分担された清掃をして教室を後にする。
友達の誘いも今日は断る。
この日、木曜だけはどうしても外せない。
腹が減ってるのに、とにかく走る。
走って走って、たまに信号と踏切に引っかかって。
気持ちは先に先に向かってしまうのに、足元がだんだんペースが落ちていく。
それでも一刻も早く、早く。
目的の場所が見えてくると、漂う独特の匂い。
店先でたまにちらつく野太い腕と、日焼けした顔が見えた。
息急き切って、ようやくたどり着く。
「ゴーーール!!…よっしゃ…五分で着いてやったぞ!!ああ、疲れた…!!」
美味しそうなソースの香りをぷんぷんさせながら、店先の屈強な体型の男は驚いた顔を見せていた。
「おう、今日は早いな!!」
「はあっ、はあっ…信号と電車が無きゃあ、三分は行けたな…!や、約束だったろ、五分で来たらたこ焼き一個サービスしてくれるんだよな!?」
汗だくになりながら訴える。
「お?俺、んな事言ったっけっか?」
「言ったよ!忘れてんじゃねえぞ!その為に早く来てやったんだからな!」
文句を言うと、男はからからと白い歯を見せて笑った。
「分かってるよ、作りたてだ。ほれ、食え。サービスだ」
よっしゃ、と出来立てのたこ焼きが入ったケースを受け取った。その後に小さな器に乗せられた二つのたこ焼き。
一つ、と聞いていたので意外そうに男を見上げる。
「あれ、いいの?」
「いらねえなら返せ」
「いる」
出来たてのたこ焼きは勝利の味がする。
うめえと一言だけ言うと、夢中になって頬張った。
「なあ、そんなに急いで来るなら友達も連れて来いよ。たまに売り上げ貢献しろって。お前ばっか得してんじゃん」
「やだ。穴場だもん俺だけの」
「穴場って何だよ」
ぐっと飲み込んだ後、誰が言うかと呟く。
…そんな事したら、おっさんを独り占め出来なくなるじゃん。
馬鹿正直に理由を言ってやろうかと思ったが、あまりの熱さに噎せてしまった。
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