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男がハルコの腕を引いた。何事かとハルコが男を振り向くと、男は「ガラス。」と足元を見た。
「ガラスの破片を踏んで怪我したら困るでしょ?」
(いや、殺されるよりはマシですけど。)
ハルコは心の中でツッコミを入れたが何も言わずに大人しく後ろに下がる。確かにハルコは裸足で、足の裏を怪我をするのは避けたい。
「新聞紙、もらえないかな。あと掃除機を貸してくれたら嬉しい。ガラスの破片の片付けをするからさ。」
男はガラスの破片を覗き込みながら言った。なぜか男の背が、ハルコには優しく見えた。
「今持ってきます。」
そう言ってハルコは廊下に出た。
パタン、とドアを閉めてふっと息をつく。途端に、現実が見えてきた。
(どうしよう・・・。)
今、自分の部屋には顔も名前も知らぬ男がガラスの後処理をしているのだ。普通なら混乱していたとしてもそうでなかったとしても助けを呼ぶために家族を起こしに行くだろう。しかしハルコは家族を起こして助けを呼ぼうとは思わなかった。何か、特別な時間が始まる気がしている。
(とりあえず、新聞紙と掃除機持ってくるか。)
そう思ったとき、隣の妹の部屋から母が出てきた。
「ハルコ。さっきの音、なにかあったの?大丈夫?」
さっきの音とは窓ガラスの割れた音だろう。心配して妹の部屋を確認していたのかもしれない。
「あ、うん。ちょっとコップ落としちゃって。打ちどころが悪かったらしくてもう粉々。片づけるから新聞紙と掃除機持ってくるね。」
「そう?ならいいけど。怪我はないのね?」
「うん、大丈夫だから。はい、おやすみなさい。」
ハルコは母の背中を押して彼女の寝室へと押し込んだ。母もそれ以上は追及せずにもう一度ハルコの顔を見ると、おやすみ、と寝室のドアを閉めた。
急いでリビングに入ると机の上に無造作に置かれていた新聞紙を手に取った。ふとキッチンのほうへ目をやると、昨日ハルコが作ったクッキーが皿に乗って置かれていた。自分ではよくできたと思ったのだが、家族には不評だったらしい。結構な枚数残っている。
(食べながら話した方がいいよね。)
いつあの男の性欲が出てくるか分からないから、とりあえず食べるものを与えておこうとハルコは考えて、その皿ごと手に取った。ついでに二つ、取り皿を持っていく。
新聞紙と掃除機、クッキーの乗った皿に取り皿と、両手いっぱいに物を持ってハルコは自分の部屋へと向かった。
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