176人が本棚に入れています
本棚に追加
/183ページ
「いやあ、助かったよ。もう二晩ああしていたもので…ありがとう瞬ちゃん」
そう頭をぽりぽり痒そうにかきながら私よりもはるかに年上の男は礼を言った。
「ていうかなんで雪崩れたんですか?」
出してもらったお茶に不信感を抱き湯呑みをくるくる回しながら尋ねると、男は「資料を引っこ抜いたら落ちてきてしまってね」と苦笑した。
「資料?」
「うん、新作の資料だよ」
「…新作?」
「そう。言わなかったかい?僕は小説家なんだよ」と度の強いメガネの奥で細めのつり目が一層細くなった。無精髭にベタベタの頭。こんなのが小説家?!
小説家といえばなんか雰囲気のいいおじさまが万年筆でかりかりコーヒー片手に優雅に作品に命を吹き込んでいるのだと信じてきた私の目の前には、穴の空いた汗じみつきの下着にしか見えない白Tにダボダボの黒いズボン。ボサボサの髪は肩につくかつかないか。2日もお風呂に入っていない…以上にお風呂に入ってないであろうベタつき加減で、度の強い黒ぶちの大きめのメガネをかけた40過ぎのおっさんがいる。
とてもではないが理想と違いすぎて信じられなかった。
「締め切りが近くてね…アハハ」
苦笑いをするおっさんは私のとんでもない顔に気まずくなったのか、その辺に置いてあった自身が書いたという書籍を渡してきた。
「その本、若い子にも人気なんだ。よかったら読んでみて」
あ、聞いたことあるタイトル。
渡された本に視線を落とし、作者名を見ると、新堂飛香と書かれていたので、本名でやってるんですか。と尋ねると、いいペンネームが浮かばなくてね。と再び苦笑した。
「ていうか締め切り平気なんですか?」
2日も埋もれてたそうですけどと確認すると突然おっさんは叫び立ち上がる。
「ああまずいまずい!今日の夕方来るんだった」
せめてシャワーを…!そう言って慌てておっさんはシャツを脱いだ。ちょっと私まだいるんですけど?!思春期の18歳の乙女になんてもん見せるの?!
そのおっさんの腹は想像と違い、おっさんにしては似合わないシックスパックがしっかりとあった。
え、意外とマッチョ系?
最初のコメントを投稿しよう!