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「何か食べる? 食べたいもの言ってくれれば、このおじさんが作ってくれるから」
陽菜子はそう言うと津田を見た。その申し訳なさそうな顔は、彼をついオジサンと呼んでしまったからだった。津田もそのおじさんという言葉に一瞬ビクッと反応を示した。アラサー男の複雑な心情ゆえの反応だろう。
後ろのテーブルでは、座っていた栄真がからかうような笑みを見せている。同い年のくせして勝手である。津田は彼を睨んだ後、環奈に優しい笑みを向けた。
「言ってくれればおじさんが何でも作るぞ。まぁ材料が無い場合は無理だが」
「お腹に優しいもの。だってこんな時間だし、夜食っぽいのがいいかな」
「そうだな。じゃあ、うどんにするか。ちょっと待っててくれ」
しばらくするといい出汁の匂いが漂ってきた。匂いだけでお腹が空いてくる。
「どうぞ、召し上がれ」
環奈の前には小さめのうどんが出される。同じように陽菜子の方にも。
黄金色の汁にうどんが見える。具はネギとかまぼこだけのシンプルなものだった。
「いただきます」「いただきます」
まずは出汁を一口。カツオと昆布の合わせ出汁だ。出汁の香りが鼻を抜けたあと、出汁の味とわずかなしょうゆの味を舌が感じる。いい塩味ですっきりとした味わいだ。
二人の口からはぁ~と幸せそうなため息が漏れる。美味しい出汁や熱い緑茶もそうだが、なぜか飲むとはぁ~と言ってしまう(陽菜子はこれを勝手に、美味しいため息と呼んでいる)。
今度はうどんをつまむ。エッジの効いた見た目からコシがあるのが分かる。するするとすすれる滑らかな表面に、噛むと程よい歯ごたえ、噛むたび香るのは小麦の香りだ。
うどんを食べ、出汁を飲む。時々入るネギが良いアクセントになっている。途中でかまぼこを食べてまたうどんに戻る。二人はあっという間にうどんを完食してしまった。
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