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「ちょ、離れてくださる?」 そう言いながらわたくしが後ろに下がると、 「嫌です」 と、ランベールは歩み寄ってきて、最終的に壁際に追い詰められる。壁に手をつかれては、逃げ場がない。 「だ、誰か!ここに業務妨害をする方が!」 「誰もいませんよ。私が休憩に行くよう勧めましたので」 「なっ」 「邪魔物はいませんよ?」 わたくしの部下に何を勝手に。というか、この男の言うことに従うのも如何なものかしら。 後で厳重注意をしなければ。 「ここでそういうのは……」 「そういうの、とは?」 「ですから……」 「何ですか?」 ランベールは嬉々とした様子で、首を傾げる。分かっているだろうに、わたくしの口から言わせようとしているのだ。 なんてたちの悪い。 ここはもう観念するべきか、と考えている間に、ランベールの顔が間近に迫る。口づけ出来そうな程に顔を近づけられ、わたくしは習慣のように目を閉じる。 と、不意に、圧迫感が無くなった。目を開けると、ランベールがにっこりと笑った。 「髪にごみがついていましたよ?」 「……っ」 やられた。羞恥に、一気に体温が上がったのが、自分でも分かる。 「期待しました?」 「してないわよばか!」 「顔が真っ赤ですよ?」 「分かってるわよ!」 「ふふ。天使の微笑みのベアトリスが、崩れていますね」 「邪魔しに来たなら帰りなさいよ!」 「ええ。あなたに元気をもらえましたので、帰ります」 あっさりそう言って、ランベールは背を向けた。まったく、と思いながらため息をつき、ふと目についた瓶を手に取る。 名前を呼びながらランベールにそれを投げると、振り向きざま見事にキャッチした。 「それ、あげる。疲れてるんでしょ」 わたくしが投げたのは、慈愛の秘薬。簡単に言えば、体力回復薬だ。 ランベールはわたくしと瓶を見比べ、柔らかく微笑む。いつもの含み笑いより、その笑顔の方が好き。本人には、絶対に言ってあげないけれど。 「ありがとうございます。愛しています」 「早く行きなさい。殿下がお待ちでしょ」 「ええ。今日は早く帰りますね」 「期待せずに待ってるわ」 ひらひらと手を振って、わたくしはランベールの姿を見送ったのだった。
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