10/11

3人が本棚に入れています
本棚に追加
/92ページ
ランベールは、涼しい顔をして歩み寄って来て、机を挟んで正面に立つ。その姿に無性に腹が立ってしまうのは、致し方ない事だと思う。 どこかの誰かのせいで、わたくしはまったくやる気も出ないのに。 先ほどまで笑っていた二人がピタリと黙り、我々は空気です、とでも言うかのように、気配を消そうとしていた。この調子では、援護射撃など望めそうもない。 わたくしは腕を組み、ニコッと笑って見せる。 「あら、ごきげんよう、旦那様。何のご用ですの?」 「あなたに会いたくて」 「はいはい。何のご用ですの?」 「昨晩は愛しすぎてしまいましたので、様子を見に」 「ご心配なく。もう一度聞きますわね。何の、ご用、で、す、の?」 机を叩きながら一言ずつ区切って言うと、ランベールがふっと笑った。 「王太子殿下が喉が痛いとおっしゃっておりますので、薬をもらいに」 ほんと、この男は。妻をからかいたくてしょうがない病、なのかしら。 こんなのが侍従だとは、王太子殿下は大変ね。仕事が優秀なのはよい事なのだけれど。 「最初からそうおっしゃいなさい。後で持って行かせますわ」 「あなたが持ってきてくださいね」 「わたくし忙しいんですの。仕事が山積みなんですの」 本当はまったく急ぎでない書類の山を指しながら言うと、ランベールが首を傾げる。まるで、それが何か、と言っているように見えた。 「少しくらいよろしいでしょう?ついでに殿下を見ていただければ」 「まぁ!なんて人使いの荒い旦那様でしょう!」 「でも好きでしょう?」 「嫌いよ!」 そう叫んだ瞬間、関係の無い二人が肩をすぼめたのは気のせいかしら。 当のランベールはにっこりと笑って、机に両手をつくと、わたくしに顔を近づける。紺色の瞳が、やけに楽しそうに輝ていた。 「よろしいんですか、そんなこと言って」 「言うわよ」 これはまずい、と思わなくはないけれど。 いつも負けてばかりは、性に合わない。
/92ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加