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「いーち、にー、さーん」
太い幹にもたれかかり十まで数える。
「もーいーかーい」
声を張り上げるとどこからか「まーだだよー」という声が返ってきた。しかたなくまた一から数え始める。
「いーち、にー、さーん」
すっと涼やかな風が頬を撫でていった。杉の大木に囲まれたこの神社は真夏でも冷やりとしている。毎年夏休みになるとここに来て一日中遊んでいた。
「はーち、きゅうー、じゅうっ。もーいーかーい」
ふいに目が覚めた。頭がぼうっとし、一瞬自分がどこにいるかわからなかった。霞みがかった頭がはっきりするまで束の間目を閉じる。それからゆっくりと瞼を開き視線を下へ落とすと、机の上に広げたノートや参考書が目に入った。
―――そうだった、さっきまで数字の羅列と格闘していたんだっけ。
部屋の中はすでに薄暗くなっている。電気スタンドのスイッチを入れようとして、やめた。
―――もういいや。
あの夢を見た後では勉強などやる気がしない。椅子から降り、ベッドに横たわる。天井を見つめながら、先ほど見た夢を思い返した。最近あの夢をよく見るようになった。同じ場面が繰り返し流れる。
杉の大木に覆われた神社で、私は姿が見えない誰かとかくれんぼをしていた。姿は見えないけれどその誰かは私にとって、とても大切な人だった。
―――私は誰と遊んでいたんだろう
体を少し傾け、窓から外を見上げた。カーテンの隙間から見える空は藍色に染まり、一番星が東の空で銀色の光を放っている。
ふと、何かがひっかかった。何か、大事なことを忘れている気がする。
しばらくベッドの上で頭をかかえていたが、結局何も思い出せなかった。
「もーいーよー」
どこからか二人の声が聞こえた。私はすぐさま声のする方へ向かう。境内に点在している大きな石の裏側を確かめながら、社の裏側へ回った。
社の裏手は崖のようになっており、落下防止のため緑色のフェンスが設置してある。このフェンスも私達にとって格好の隠れ場所であった。フェンスのちょうど真ん中あたりに『のぼるな危険!』と書かれた看板がさがっており、この裏にうまく隠れると鬼から見えず、格好の隠れ場所になっていた。しかしフェンスの向こう側は数センチの足場しかなく、とても危険な隠れ場所でもあった。そのため私はあまりここに隠れたことがなかったのだが、二人は隠れ場所として度々ここを利用していた。
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