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「え、でもしょうちゃんまで落ちちゃったら…」
「俺は大丈夫だから。香奈早く行ってくれ」
彰也の気迫に押され、香奈は彰也一人残したまま山を降り大人を呼びに行った。
村の大人たちを引き連れて戻って来た時に見たものは、崖下に転がった二つの小さな体だった。
この事故の後、香奈はショックで学校へ行けなくなってしまった。心配した両親は生まれ育った地を離れ、村から遠く離れた街へ引っ越した。そうして禍々しい記憶をあの地に捨て、新しい街での生活になれるために、いつの間にあのことは忘れ去っていった。
―――なんで今更思い出さなきゃいけないの。なんで。
ずっと忘れたままでいたかった。
あの地に捨てたはずの悲しみと恐怖と罪悪感が、一緒くたになって襲いかかってくる。
―――いやだ。お願い忘れさせて。
「忘れるなよ。まだ続いているんだから」
ふいに耳元でささやく声がした。びくっと体を震わせ、恐る恐る振り向く。背後には色白で長身の男が立っていた。いつの間にか辺りは白一色に覆われている。
「まだ終わっていないんだ」
男は厳しい表情で繰り返した。
「何が…終わっていないの」
突然のことに頭がついていけず、とりあえず最初に浮かんだ疑問を口に出してみる。
「かくれんぼだよ」
低く呟かれたその言葉を聞き、いっきに血が引いていった。恐怖が全身を駆け巡る。
「しょうちゃん…なの」
男はこくりと頷いた。
私を、迎えにきたのだろうか。それとも罪を背負う私を罰しにきたのか。
「俺はかくれんぼを終わらせに来たんだ」
心のうちを読んだかのように彰也はつぶやいた。
「香奈、かくれんぼはまだ終わっていないんだ。だからあいつは今もあの場所に繋ぎとめられている。あいつは十五年もの間、ずっとあの場所でお前を待っているんだ」
彰也は詰め寄り、まっすぐな目を向けて訴えた。
「頼む、かくれんぼを終わらせてくれ」
―――けんちゃん。
ふいに賢悟のまじり気のない笑みが浮かんできた。――私が逃げていたせいで、けんちゃんはまだあの場所にいるんだ。向き合わなければいけないんだ、あの日に。
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