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プロローグ
この年は、例年にない大寒波が来るから雪が降ると母親のエリカが言っていた。「あなたのお誕生日のころは、雪遊びが出来るわね」と。
しかし、それもいつの事だったか、思い出せない。
ミズキは窓ひとつない、コンクリートの部屋に閉じ込められていた。天井から小さな裸電球が点るだけの部屋には、おもちゃもラジオも何もない。部屋の隅々まで明かりが行き渡っていないから、電球から離れたところは薄闇だ。暗いところは怖くてたまらない。
時折聞こえる悲鳴にも似た誰かの声と、何かがぶつかるよう鈍い音。
かすかに聞こえるそれは、寒さに震える幼心の恐怖を増大させていた。
窓もないから今が昼なのか夜なのかもわからない。
これがシチューの湯気ならどんないいいかと思うほど吐く息は白かった。
セーターとジーパンを着てはいるが、部屋の中で過ごしていたから、こーとなんかは持っていない。
この程度の薄着で、五歳の幼い身体は底冷えする部屋の気温には抗えなかった。手足はかじかみ、歯根が合わずにガチガチと震える小さな身体は、完全に冷え切ってしまっていた。
眠ろうとしても寒さで眠れない。この部屋に誰も来ないから、食事だってしていない。
なんでもいいから、口に入れたかった。空腹と寒さ、そして淋しさと、このまま死んでしまうのではないかという不安と恐怖。
優しい両親の顔を思い浮かべ、そのぬくもりを思い出しながら自分で身体を掻き抱いても、ちっとも暖かくなどならない。
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