生誕

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ゆっくりと時間を掛けてうごめきながら、たゆたいながら、昇っていくそれはまるで生命の生まれる瞬間とも思われた。 冷気の様に冷ややかであり、湯気のような暖かさも持ち合わせた、輪のはじまりである霧であった。 その霧が山の葉を撫で朝露を含ませ、やがて空へと昇っていけば雲となり、雨となる。 雨は地に深く染み込み草木を潤し、そして草木は生命を潤す。 私というものは、そのはじまりの山霧によって生まれ落ちた。 大地の持つ熱に長い年月を掛け溶けだした何かが土に磨かれ、染み出した水へと混ざり込んだものを、樹が根から吸い上げ、山霧と言う姿を私に与えた。私は延々と繰り返される生命の循環の中に、私と呼ぶべき形を得た。 何に望まれたかも分からない。必ずしも望まれた誕生では無かったのかもしれない。 何に祝われることもなく、だが何に呪われることもなく、命と生命とを培うはじまりとして生まれた私は、刻々と天へと昇りながらこの世界を空から見た。 そして見た。この世界の美しい循環を。 水が生まれる瞬間を。 樹が生まれる瞬間を。 生き物が死に、新たな生き物が芽吹く瞬間を。 全てが完璧な世界だった。 見えるもの全てが美しい世界だった。 世界に存在する全てのものが、全てのもののために存在している。 世界に生きる全ての者が、他の全てを生かすために存在している。     
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