1、ツカイという子ども

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「いや、だってこの子がさ。どこの子なの?」  私は困り果てた声を出して、ベッドでくつろぐ子どもを指さした。 するとお母さんは怪訝そうに眉を寄せる。 「何言ってるの? ふざけてないで早く着替えなさいよ」 「いや、だからこの子連れてってよ」  お母さんは私が指さす先と、私を交互に見ながらますます眉をひそめる。 「この子って?」 「いや、だからこの……」  その時、子どもがニヤリと左頬を上げた。 私はその不敵な笑みに目を奪われ、この子どもは一体何なのかと、背筋がすっと冷たくなるのを感じた。 「あんた、大丈夫?」 と、お母さんは青ざめる私を眺めて、また心配スイッチが入りそうになっていた。 けれどそんなことに構っていられない状況だ。 「だ、大丈夫っていうかさ、見えてないの? たぶん、女の子……だよね? ベッドの上に座ってる。白い半そでにデニムのサロペット着てさ。小学一年生くらいの……」  私はお母さんと子どもを交互に見ながら必死に言った。 するとお母さんは「やめなさい」と大声を出した。 「ふざけるのもいい加減にしてちょうだい。お母さんをバカにしてるの? それとも、あんたもお友達と一緒に頭でも打ったんじゃないの? まったくやめてよね」  喚き散らすと、お母さんはそのままドアを勢いよく閉めて行ってしまった。バタバタと慌てて階段を下りる足音が遠ざかっていく。 「え? あんた、なんなの?」  私は半分放心状態で、子どもの方に向き直った。 「アタシはツカイ。アタシを見ることができる人にも、見ることができない人にもそれぞれ理由がある」 「ツカイ? それあんたの名前?」 「いや、名前じゃないよ。ツカイは私の仕事というか、役割というか」  子どもは足を組み替えると、両手を後ろについて体を逸らした。 さっきから偉そうなんだよね、こいつ。いや、それよりも。 「ちょっと分からなさすぎる。ちゃんと説明しなさいよ」 「やっと聞く気になった? いいよ。説明してあげる」  私は子どもから距離をとったまま、とりあえず勉強机の椅子を引っ張り出して座った。 少しオレンジがかってきた陽が、レースカーテン越しにまっすぐ入ってきて、子どもの顔が暖色に染まった。 「アタシはツカイの使命を果たすために来た」
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