プロローグ

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 男は涙ながらにアタシの小さな体にしがみつき、助けを乞うのだ。 まるでアタシが神か何かのようにこの男には見えているのだろうか。 そんな都合の良い全知全能の力を持つわけもない、ちっぽけな忘れられた存在のアタシにできることなど、この男の大切なものをポイと紡ぎ取ることだけだというのに。 「それでもいい? アタシはあなたの全てを救うことなんてとてもできないよ。今よりももっと苦しむことになるかもしれない」  アタシの力がこの見た目通り矮小で、そして残酷だということを理解したのだろうか。 男は眼鏡の奥のきつく吊り上った目を何度もしばたかせた。 濁った眼球に迷いの色がにじみ左右に揺れ始める。 サイズの合わない背広の肩を落としそうになりながら、アタシのシャツを掴む手を緩め、男は刹那、絶望とかすかな希望の間を彷徨う。 そして両膝を土の上に落とすと、アタシの肩から手を放し頭を抱えて俯いた。 「それでもいい。死にたくない。俺は本当は死にたくない」  浮き上がった頬骨を強張らせ、男はひたすらに涙を流す。 「わかった。では後悔だけはしないと誓って。アタシはツカイ。あなたが死の淵で見つけた唯一の救い。これから、あなたから一つの心を奪います」  アタシは男の薄い頭頂部へ手を伸ばすと、そこから男の一部を吸い取った。 男はびくりと体を硬直させ、次第に細かく痙攣しはじめる。アタシはこの瞬間がたまらなく嫌いだった。 「気分は?」  アタシはかざしていた手を引くと、だらりと力が抜け放心する男にたずねた。 「良くはない。だけど、家族の顔が浮かんでくる」 「そう。それは良かった」  男は落ち窪んだ目蓋を懸命に開き、両手を地面に着くと顔を上げアタシの顔を見た。 もう、神を崇めるような羨望に満ちた眼差しはすっかり消え失せていた。 絶望と共に大切な物を失った男のその目に、今のアタシは一体どう映るというのだろう。
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