3、アタシのことが見える人

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「あらお帰り。あらあら。その子は?」  ああ、来栖響の母親か。と、その女がしゃべりだしたところでやっと分かった。 母親にしてはあまりに若く見えたのだが、口調はしっかりと母親だった。 一体いくつなのだろう。あまり人間の見た目年齢に敏感な方ではないが、この人は三十そこそこにしか見えない。 「同じクラスの友達。今夜クラスのみんなで花火やるんだけど、まだ時間あるから少しウチに居る」  来栖響は、母親と思しきこの女にも、花梨やアタシと接する時とほぼ同じ「何の気のない」笑顔と声で言った。 「へー……。えっと、お名前は?」 「あ、野々村花梨と申します」 「野々村……花梨さん……?」 「急にすみません」 「あ、いえいえ、いいのいいの。響の母です。どうぞ上がって?」  促されると、花梨はぎこちない動きでドアの隙間から玄関に入り込み、紐がこんがらがっているサンダルを、バランスを崩しながら脱ぎ始めた。 母親は花梨のショートパンツからしなやかに伸びる生足を、面食らったように眺めている。 アタシはその母親の顔と、見られていることを強烈に意識して冷や汗でもかきそうな花梨の顔を何度も交互に見て、自分の顔がにやけているであろうことが分かった。  当然のことながら、母親はアタシのことが見えていないわけで、突然息子が派手な格好をした彼女を連れてきたと思っているのだろう。 玄関に接するフローリングの上で、来栖響の母親は大人らしく懸命にくるりと顔を笑わせている。 母親はこの状況に戸惑いつつも息子の彼女らしき女の子に興味津々なのだろうが、当の花梨と来栖響はクラスメートの異性と不思議な子どもと三人でいるつもりなわけで、二人と母親の間には決定的にこの状況に対する認識の相違がある。 二人がどこまでそのことに気が付いているのか分からないが、自分の目に見えているものが他の人には見えないということは、本人たちが思っている以上にそうした認識のズレを生じさせるのだった。  アタシは玄関での微妙な空気感を一人でひっそり楽しみ、相変わらず涼しい顔をしたままの来栖響について階段を上った。 二部屋しかない三階の左側のドアを来栖響があける。ここが来栖響の部屋らしい。  中に入って驚いた。生活に必要とされる物がほとんど置かれていない。
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