1、ツカイという子ども

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 あんなに人の皮膚から血が流れ出ているところを見たのは初めてだった。 「あんた、どうしたの」  最初にそのドン引きな来栖(くるす)の姿に声を荒げたのは私だった。 昇降口に私の声が響き渡る。遅刻ギリギリの時間、人はまばらだった。  私と一緒に登校していたモモと紗羅は靴をしまうのも忘れ、下駄箱の前までやってきた来栖の左肘あたりから真っ赤な濃い液体が流れる様に目を奪われていた。 「あー花梨(かりん)。さっき自転車同士でぶつかって、道路で派手にこけた」  私も含めその場にいた全員が、どうしてこんなにも来栖が平然としているのだろうと、まずはそれを思ったはずだ。 来栖の表情はいつも通り、もう少ししたら笑みでもこぼれるんじゃないかと言う具合に穏やかで、痛みを我慢するでも強がっているでもなさそうだ。 しかしながら真っ白なワイシャツに血が飛んだり擦れたりして、壮絶な姿であることにかわりない。 と、私は腕以外に負傷箇所はないのかと来栖の体を素早く見やった。 その間も、来栖がだらりと下げた左手の指先から、ポタポタと血が滴る。 おそらくは半袖から伸びる左手以外に大きな怪我はなさそうだ。 チェックのスラックスは土が擦れたような汚れがあるものの、破れたり血がにじんだりはしていない。半袖のワイシャツにも破れはなさそうだ。 スッと通った鼻筋も、垂れた目元もいつも通り整った顔をした来栖響。 「とにかく早く保健室行こう」  私は手に持ったままだったローファーを下駄箱に放り投げて、もつれる足をばたつかせながら上履きを履いた。 「あー、そっか」と、来栖はそこで初めて自分の肘に目を向け、等間隔で床に落ちる血を眺めた。  その異様な光景に、遠巻きながらも他クラスの人たちも足を止めはじめていた。 モモは鞄からハンカチタオルを出して来栖に差出し、それを受け取ると来栖はいつもの屈託のない声で「ありがと」と笑った。 何笑ってんだよとクラりとしながら、私は自分より二十センチは背の大きい来栖を、保健室へと力いっぱい引っ張った。 私に右手を引かれながら、来栖が靴下で音もなく歩く廊下には、真っ赤な点が道しるべのようにポツポツと落ちていった。
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