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来栖の部屋は驚くほど簡素だった。
シンプルな勉強机と椅子。机の上には何も置かれていない。
机の横のフックには学校の鞄。あとあるのはベッドだけだった。
ビジネスホテルだって、もう少し何かしらおいてあるのではないだろうか。
ゴミ箱とか、ティッシュボックスとか、そこで生活していれば必要になりそうな当たり前のものがここにはない。
クロゼットや机の引き出しの中にはさすがにいろいろ入っているのだろうとは思う。
けれどこの六畳ほどの部屋の中に、どうして来栖の欠片さえ落ちていないのかと思うと、私の胸の中にある筋のようなものがぐいぐいと引っ張られて痛くなる。
羊は来栖のベッドに飛び乗ってスリスリするのかと思ったら、むき出しのフローリングの上にそっと座った。
さすがにそういった分別はつくらしい。中身は子どもではないようだから当然か。
私も羊の隣に座ると、コンコンとドアがノックされた。
「オレンジジュースしかないんだけど」
来栖のお母さんがトレーに乗せたコップの黄色っぽい液体を揺らしながら、いそいそと部屋に入ってきた。
コップは二つ。やはり羊のことは見えていないようだ。
「あ、すみません、おかまいなく」と言いながら、私は手ぶらできてしまったことを今更ながら恥ずかしく思った。
トレーを受け取ると、来栖はじりじりとドアを押して、しきりに横目で私を眺めるお母さんを閉め出した。
ああ。よりによってこんなショートパンツなんて履いている日に来栖の家に来ることになるなんて。
「来栖のお母さん、若くない? 何歳なの?」
「何歳だっけな。忘れた」
「いいね、若くて可愛いお母さん。うちはかなり歳だからもっとおばちゃんだよ」
来栖は私にオレンジジュースを手渡すと、羊にもコップをつきだした。でも羊は手を伸ばさない。
「アタシ、飲めないから」
羊は足を折り曲げて背中を丸め、小さな猫のように座っていた。
「あ、そうか。さっき花梨が、羊はご飯食べたりしないって言ってたっけ。というか、やっぱ母さんには羊の姿、見えてないみたいだね。すごいな」
私は少しほっとした。これでもう、私と羊がタチの悪い嘘をついているとはさすがに思われないだろう。
来栖はそんなこと思ってなさそうだったけど、いまいち何を考えているか分からなくて、こっちが先回りしていろんな心配をしていまうのだ。
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