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「来栖の部屋、なんもないね」
羊が黙っているので、私は焦ってそんなことを口走った。
来栖はオレンジジュースを勉強机に置くと、真っ白い薄い毛布のかかったベッドに腰掛けた。
「あー。そう? そんなに花梨の部屋って色々あんの?」
「え、普通だと思うけど……この部屋は何もなさすぎと言うか。家にいる時ってこの部屋であんまり過ごさないの?」
「いや? 大体ここに居るけど。三階だし、一度あがってくると下りるのも面倒だし」
来栖とどうにか会話をするも、羊は膝を抱えたまま俯いてこちらを見もしない。
何か考え込んでいるみたいだった。
この状況は一体何なのだろう。
冷静に考えれば考えるほど、自分が来栖の家にいるなんて現実味がない。
そもそも私は、休みの日に来栖に会うことすら夢のまた夢のように思っていた。
来栖が駅の反対側に住んでいることは知っていたから、わざわざ駅の辺りを用もなくうろついてみたり、駅の反対側のコンビニにまで行ってみたり。
そんなことをして偶然にでも会わないかと夢見ていたけど、もちろん会うことなんてなく。
来栖に自分から電話をすることも今までできなかった。
なのに、今日は羊に促されて電話を掛けて、そしたら来栖から会い来てくれて、そして夢に見ることすらなかった、来栖の家に来ている。
それなのに、全然ダメだ。今日で来栖のことが、これまでよりもずっと分からなくなってしまった。
「あ、ごめんジュースずっと持たせたままで」
来栖が手を出してくれたので、私は持っていることすら忘れていたコップを来栖に手渡した。
「花梨、オレンジジュース嫌いだった? 飲まないよな。いつもお茶ばっか飲んでるもんな」
「あ、ううん。嫌いじゃないよ。喉乾いたら飲ませてもらう」
来栖は自分のコップの隣に私から受け取ったコップを並べた。
そして振り返りいつもとまったく同じ笑顔を私に向ける。
来栖が私を花梨と呼ぶのが、私の中ではとても誇らしい事だった。
来栖は私以外の誰のことも下の名前では呼ばない。
ちょうど一年前くらいに来栖が大怪我をして、その時に世話を焼いて以来、来栖は私だけを花梨と下の名前で呼ぶようになったのだった。
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