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ようやく私が教室に辿り着いた時には、もう一限目の自習が始まっていた。
ざわざわとクラス中が私に注目する。
そして、私のワイシャツにいつの間にか付着していた来栖の血のせいか、ざわつきがどよめきに変わった。
まるで脇腹を刺されたかのように私のワイシャツににじんだ来栖の血液。
それが来栖の体の中を先ほどまでめぐっていた体液なのだということを思うとゾッとする反面、思いがけず来栖の一部を得てしまったような、不思議な感覚に陥る。
「花梨、お疲れ様。来栖君大丈夫だった?」
モモと紗羅が私の席に寄って来ると、近くの席の人やら来栖の友達やらまで集まってきた。
「縫わなくちゃいけないかもって、止血してから先生と病院行ったよ。でもそんなに心配しなくて大丈夫そう」
「来栖君、なんか平気そうだったもんね」
保健室に着いてからも飄々としていた来栖の顔を、私はうんざり思い出した。
私が保健室から出て行く際に、「お願いがあるんだけど、廊下に垂れた血拭いておいてもらってもいい?」と、来栖にポケットティッシュを手渡された時には、こいつ本当に大丈夫なのかと思った。
他にもっと思うことはないのだろうか。
恐怖や痛覚。怪我をした時にまず先に立つべき、人として必要な感覚が来栖からは感じられないのだ。
それが私のモヤモヤとした憂鬱の原因なのだと思う。
来栖、病院行ったって! と男子が騒ぎ出した。これは今日一日、クラスは来栖の流血事件の話でもちきりになりそうだ。
二年になってまだ二ヶ月ちょっとだけれど、来栖は常にクラスの話題を総ざらいしている。
例えば、ミス松高の篠原先輩に告白されてその場で断ったとか。
去年までは学年一位の成績だったのに、この前の中間テストでは下から数えた方が早かったとか。
五月にやった体力測定で、五十メートル走が五秒台だったのに、握力はたったの八だったとか。
あとは体育の体操のテストで、一人だけバク転ができたとか。
そんなすごい運動神経を持っているのかと思えば、今日のようにいきなり驚くような怪我をする。
これで二年になってから五回目くらいではないだろうか。
今回ほど大きな怪我は久しぶりだったけれど、来栖は一年の時から本当によく怪我をする男だった。
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