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そして駅から百メートルも離れれば新しいけれど安っぽい戸建てが並ぶ、静かな住宅街が広がっている。
高校がそこになければ、おそらくモモも紗羅もこんなダサい駅に用はないだろう。
それでも電車に乗って家から離れた街の学校に通うというのは、私にとって羨ましいことだった。
結局二人と別れるまでずっと来栖の話でもちきりな一日だった。
……やれやれ。と、私は来栖の血の付いた自分のワイシャツを眺めた。
友達と歩いていた時はまだ良かったけれど、独りでこんな濃い血をべったりつけて歩いて大丈夫なものだろうか。
そう考えると、さすがにこの血をつけて電車に乗るのは耐え難い。
徒歩圏内の学校に通っていることに今日は救われたらしい。
今年は猛暑になるとニュースでやっていた。梅雨も明けきらないのに、こうして歩いているだけでうっすら汗ばむほどに今日は太陽がじりじりとしている。
けれど空気にたっぷりと含まれる湿気が、見えない牢屋で私の居る世界を狭く狭く圧迫する。
私はこの曖昧で重苦しい季節が嫌いだった。
六月。この時期はいつもお母さんの心配性が歪になる。
そうすると私は心が陥没する。カビが深くにまで浸食してくるような、あの家の中から飛び出したくなる衝動。
商店街とは名ばかりの、シャッターが閉まった店が並ぶだけの歩行者天国を歩いていると、鞄の中でスマホが震えた。
来栖から電話だった。
「花梨? 今朝はありがとう。花梨のワイシャツにも血、ついてなかった? 大丈夫?」
「まあね。脇腹刺された人みたいな姿で今帰宅中よ。そんなことよりさ。あんたの痛覚って一体どうなってんのよ。痛み感じないわけ?」
ようやく朝からききたかったことを訊けた。
モモがさっき、来栖は市立病院で三針縫ったらしいと言っていた。
でも縫った数よりも、私は来栖の神経の方が気になる。
「いや、普通に痛かったけど」
意外な答えに、ズルっとこけてしまいそうになった。
「まったく痛がってるようには見えなかったわよ。あんたいつもそうだよね。ひとり我慢大会? それかアニメのスーパーヒーロー的なあれ?」
「スーパーヒーローって自転車でこけて流血しないんじゃない?」
そりゃそうか。と私は納得した。
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