1、ツカイという子ども

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「そういえばあんた自転車同士でぶつかったって言ってたけど、それって立派な交通事故なんじゃないの?」 「あーそっか。でも先生とか親とか病院にはこけたとしか言ってないや。ぶつかった相手は転びもしないでそのまま行っちゃったし。大丈夫だろ。こっちの自転車もカゴがちょっと歪んだ位だし」 「それってひき逃げじゃん。あんただけめちゃくちゃ被害受けてんじゃないの。少しは怒りなさいよ」  私は体の力が抜けて、肩に掛けていたスクールバッグが肘までずり滑り落ちてしまった。 「あれひき逃げだったのか? 俺も飛ばしてたし自転車同士だったしなー」 「ほんと気をつけなよ。あんた怪我しすぎで怖いわ。……というか、なんかさっきからゴーゴー煩いけど。まさか自転車乗ってないでしょうね」 「当たり。もうすぐ家着く」  私は一瞬で血の気が引いて、手首の辺りまで落ちてきていたバッグをついに地面に落っことした。 自転車でこけて腕を三針縫う怪我をしたその日に、スマホで電話しながら自転車で帰っているのか。 それはもう、どういう神経なの。そしてどっちの手でどう運転してどう電話をしてきているの。 「やめてよほんと。もう自転車乗るの、しばらくやめときな。危ないから切るよ」  私は端的にそれだけ言ってすぐに通話終了をタップした。 握ったスマホを眺めて呆然としていると、通りすがる人たちが驚いたような目で私を見ていることに気が付いた。 私は鞄を拾い上げて肩に掛けると、脇腹を汚く染める来栖の血を鞄で隠しながら歩き出した。  ただいまーと玄関を開けると、ちょうどお母さんがリビングから出てきたところだった。 お母さんは楚々としたエプロンをつけて、キリッとした年増の家庭科女教師のような出で立ちだ。 同級生の母親の中でもかなり年齢が高いからか、昔から尖がったおばちゃんという感じで、中学生の頃なんかは、お母さんを恥ずかしく思ったこともあった。 今はさすがにそんなことは思わないけれど、私が大きくなるごとにお母さんの目は厳しくなり、私のお母さんへの苦手意識が増していくばかりだった。
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