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私はもう一度「ただいま」と言ってみる。
目が合うも、お母さんはお帰りなさいとは言わない。玄関を通り過ぎながら代わりに言う。
「お風呂もう沸かしてるから、汗かいたなら入ってきなさい」
私の額の汗に気が付いたようだ。
やれやれと思いながら「はーい」と返事をしてローファーを脱ぐと、お母さんがなにやら階段の前で立ち止まったのが視界の端に入った。
「ちょっと花梨……。何それ血? どうしたの! 花梨」
お母さんは頭を抱えるとその場にへたり込んだ。
ああ。隠したまま部屋に逃げ込んでしまおうか、それかお母さんがリビングから出てきたらすぐ説明しなくてはと思っていたのに、さっきの来栖との電話でうっかりそんなこと頭から飛んでしまっていた。
お母さんは血がダメだった。私が鼻血を出しただけでパニックを起こし救急車を呼んでしまったことがある。
「あー、違う違う。これは、今日同級生が怪我して、保健室連れて行ったときに……」
「怪我? あんたはなんともないの? そんなべったりつくほど血が出るって、あんたの学校そんな危ない事があるの?」
お母さんは顔が土色になって、眉を寄せて口をパクパクとさせ、声のボリュームのつまみをバカにして玄関に声を響かせた。
面倒なことになった。でも、自転車で事故ったらしいなんて話をしたら、またお母さんの心配病が輪をかけて酷くなる気がして説明に困った。
お母さんは自転車がなにより嫌いだ。
そのせいで私は今まで一度も自転車に乗らせてもらったことがない。
それに、通学路で怪我をして血をポタポタ垂らしながら登校してきた同級生と昇降口で出くわした、というのも、なんか信じてもらえない気もする。
どう説明しても、ヒステリックになりかけているお母さんを納得させることはできない気がして、私は適当に濁して自室への階段を上った。
お母さんはまだ玄関から私に向かって心配を投げつけてくる。
困ったものだ。私ももうすぐ十七になるというのに。
いつまで経っても母はそんな調子だった。
「あ、お邪魔してるよ」
突然の声に、「ぎゃ!!」と私は野太い声で叫んで体をビクつかせた。
部屋を開けると、見知らぬ子どもが私のベッドに座っていた。
心臓が止まりそうになったじゃないか。何だこの子。
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