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6月6日 ~夢~
僕たちはペットショップにいた。僕の隣には、まるで遊園地に初めてきた子供のように、興奮を隠しきれない女の子がいる。彼女はおかっぱで、着物を着ていて、そして、きっと、僕の彼女だ……。いや、彼女――彼女というのとは違うのかもしれない。
僕たちはペットショップの二階に上がって行きサルやニワトリなどを眺めている。変わったペットショップだ。珍しいペットたちもさることながら、そこの建物は木造で、僕たちが歩くのに合わせて床がミシミシと軋む。日本の伝統的な住宅みたいな雰囲気がある。
そこの2階で僕たちは、4列に並べられたケージの中を、順番に、一緒に眺めている。でも僕が……僕が、本当に見たいのは、そんなものじゃないんだ……。
彼女には顔がない。もっと正確にいうのであれば、僕は彼女の顔をはっきりと認識できない。その顔に輪郭はない。雰囲気で愉しそうに笑ってくれていることはわかる。わかるんだけど、彼女の顔の周りだけ、蜃気楼に覆われてしまったかのように、ぼんやりとしている。いくら顔を近づけても、僕の抵抗はむなしく終わる。ここには距離の概念がないのかもしれない。はあ。僕は思わずため息を漏らす。すると、彼女は心配そうに僕の顔を覗き込む。僕は彼女の顔を見ることさえできないのに。
彼女には声がない。彼女が僕の冗談に対して、時にクスクス、時にキャッキャと笑ってくれていることはわかる。彼女が、たしかに何かを言おうとしていることもわかる。しかし僕が彼女の声を聞くことは無い。聞きたいのに、耳を澄ませても聞こえないのだ。こんなことなら読唇術を学んでおくんだった、と僕は思う。いや、意味ないか。僕は気付く。ご存知。彼女には唇だってないのだから。
しばらくして僕たちは外に出る。並木通りを歩く。とてもゆっくりと歩く。
あるはずのない彼女の横顔にうっとりする。その刹那、僕は今までの人生で一回、たった一回だけ味わった、〈あの感覚〉を思い出す。たった一回だけ?いつだったか。
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