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鱒川トリコは、少し顎のしゃくれた顔だちだった。思わず細い三日月を連想してしまう輪郭に、フレームの細い眼鏡をかけている。しゃくれてる人が皆、そうであるように、頬骨が高い。その頬にラメ入りのチークをはたいているのか、キラキラと光が反射した。
「ワインのことを勉強されたいそうですね」
やや震えたソプラノの声。座りなさい、というように自分の隣の席を手で叩く。
ブルーのストライプシャツに、紺色の麻ジャケット、同色のパンツを合わせたクールな装いだ。
あまり量のない髪は、真後ろでくるりとひねりあげられ、黒いバレッタで留めてあった。
「はい」
「失礼ですが、何のために?」
鱒川さんが心持ち首を斜めに傾けた。射るような視線と目が合う。
「ええと、興味があって」
「ほほう」
ほほう?
そんな相槌を打つ女性は初めてだった。
「女性との出会いを求めて、デートにお誘いするのですが、進展がなくて。次に繋げるために、デートの質を上げるために、ワインの勉強をしたいんです」
「たい、はダメです」
「は?」
彼女はワイングラスを傾けた。
「したいしたいといっているうちに、人生を無為にするのです。勉強をする、と断言してほしいのです」
俺がたじろぐと、彼女はため息をついた。
「コチラは、ひとりで飲むほうが好きなのです」
「はあ……すみません、ご迷惑をおかけして。俺、ワインのこと、勉強します」
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