16人が本棚に入れています
本棚に追加
そのあとたっぷり、目の前のカベルネなんちゃらの講釈を聞かされ、酩酊と蘊蓄の多さに俺の頭は爆発しそうになった。でも、彼女の知識量は本物だ。ワインへの愛も。
支払いは俺の驕りということになっていた。
ワインバーの外に出ると、街の匂いが夜の匂いに変わっていた。
「最後に何かご質問はありますか」
鱒川さんはメガネをかけ直しながら尋ねる。
「えーと、実は今日一番聞きたかったことがありまして」
「ほほう」
「生まれ年のワインを贈った女性と、連絡がとれなくなりました」
鱒川さんは顎を少し上げ、先を促す。
「ワイン、好きだって言ってたから、喜んでもらえると思ったんですが、1980年のワインって何か、まずかったでしょうか?」
酔っぱらいたちの足音、居酒屋の煙を吐く換気扇、そういったものが一瞬、空白を埋めた。
「1980年はブドウの不作の年です。一部の地域を除き、ヴィンテージ向きのブドウにはならなかった」
そうですか、と、胸の中に冷たいものが流れた。
「でも、それだけじゃないでしょうね。次回はヴィンテージチャートをお持ちします」
最初のコメントを投稿しよう!