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 そのあとたっぷり、目の前のカベルネなんちゃらの講釈を聞かされ、酩酊と蘊蓄の多さに俺の頭は爆発しそうになった。でも、彼女の知識量は本物だ。ワインへの愛も。  支払いは俺の驕りということになっていた。  ワインバーの外に出ると、街の匂いが夜の匂いに変わっていた。 「最後に何かご質問はありますか」  鱒川さんはメガネをかけ直しながら尋ねる。   「えーと、実は今日一番聞きたかったことがありまして」 「ほほう」 「生まれ年のワインを贈った女性と、連絡がとれなくなりました」  鱒川さんは顎を少し上げ、先を促す。 「ワイン、好きだって言ってたから、喜んでもらえると思ったんですが、1980年のワインって何か、まずかったでしょうか?」  酔っぱらいたちの足音、居酒屋の煙を吐く換気扇、そういったものが一瞬、空白を埋めた。 「1980年はブドウの不作の年です。一部の地域を除き、ヴィンテージ向きのブドウにはならなかった」  そうですか、と、胸の中に冷たいものが流れた。 「でも、それだけじゃないでしょうね。次回はヴィンテージチャートをお持ちします」
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