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帰り道、傘を盗まれ濡れながら歩く道で耳に残るのは雨音でなく上司の怒号。
「でも、それは私の責任じゃ。」
「あ?お前仕事舐めてんの?」
「っ、申し訳ございませんでした。」
そうやって頭を下げるたびに私は少し少し身が削れて後どれだけ残ってるんだろうか。
「ほんとあのハゲ最悪だね。」
ありふれた同情、同じ敵からもたらされた浅はかな仲間意識。ここには何があるんだろ。
また仕事に戻り同じようにキーボードを叩き続ける。
カチカチと鳴る音のどこに私はいるのだろうか磨り減って消えかかった文字が私を嘲笑う。
小学生の頃、アイドルに憧れた。
中学生になってこの顔じゃなれないって知って幸せなお嫁さんに憧れた。
高校生になって私は何にでもなれるって、かっこいいデザイナーに憧れた。
その全てが虚空に消えて言って私に残っているのはなんだろう。
今じゃあおが屑に囲まれて歩くことさえままならない。
大学最後の一年。あったのは自己の否定の私という価値の消失。
私など何にもなれず誰も必要としない。ご活躍をお祈り申し上げます。ご希望に添えず恐縮です。採用を見合わせていただくことに。
ああ、結局私は何になったんだろうか。やっと出た採用の言葉に救われて、どんなところだって精一杯咲くと決めたあの日は偽物なんかじゃなかったはずなのに。
結局最後まで夢を見てた。
現実を見れるようになったのはいつだったろう。
今私は本当に起きていいるのか、目を覚ませたのか。
「ただいま。」
返答するのは反響した自分の声だ。
静かな部屋に明かりをつけて、コンビニで買った五百円の弁当とお酒をすする。
机に置かれた結婚式の招待状と目が合ってまた端にどける。
チカチカと光るディスプレイが映すあの煌びやかな世界はどっちなんだろ。
もうどうでもいいか。
ふわふわで優しく包み込んでくれる布団は唯一最後まで裏切らない私の世界。
摩耗しきった体と精神はすぐに溶け込んでまぶたは自然と閉じる。
意識をゆっくりゆっくり沈めて、やっと飛び込めた最後の砦。
ああ、大丈夫。まだちゃんとあった。
目を覚ますとそこには現実が広がっていた。
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