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再婚はしないのか、と母に聞かれた。
意味が分からなかった。妻が隣にいるというのに。
質の悪い冗談だと思った僕は、憤りをぶつけた。
母はびっくりし、その後悲しみに暮れた。
悲しいのは僕の方だ。
妻以外との結婚など、ありえないというのに。
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「お付き合いをしている女性がいるんだ」
「僕の部下で。すごい優秀なんだ」
『』
「きっかけ? ……会社の飲み会の後、酔いつぶれた僕を彼女が介抱してくれて。
そこで僕は色々彼女に話したみたいなんだ。記憶にないんだけどね」
「あ、その日は彼女とは何もなかったよ! 公園で始発まで介抱してくれたし」
「彼女には悪いことしたなぁ。案の定体調崩してたし」
「その後、お詫びにご飯連れて行ったりして」
「そんな感じ」
『』
「……怒らないんだね。当然か。僕は君の怒った顔を知らない」
「喧嘩なんか一回もしなかったよね。僕は、"優しく微笑んでいる君"しか覚えていない」
「ここで君が怒ってくれたのなら、君が僕の都合のいい妄想ではないと証明できたのに」
『』
「『怒る理由がない』だって? いやいや、あるでしょ! 僕は君を捨てようというのに!」
「幻想の君を作ってまでして、操を立てていたのに。僕の行動は支離滅裂だ……」
『』
「『前へ進んで』……?」
『』
「『だけど忘れないで。たまには思い出してね』……?」
妻は やはり優しく微笑んでいた。
記憶に残る、あの日の、あの姿のままで。
その後の僕は見るも無残であった。
子供のように泣きじゃくった。
妻が亡くなった時に流した涙で、一生分の涙は使い果たしたと思っていたのに。
泣いている間、妻は優しく見守っていてくれていた。
目が覚めると、妻はいなくなり、もう二度と姿を現すことはなかった。
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