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家に入ってすぐに、奏太は部屋のカーテンを閉め、電気をつけた。一人暮らしのこの部屋は、ハルカ先輩が来るとわかってから急遽片づけたため、部屋の端に不自然な程、物が寄っている。
ベットを先輩に譲って、奏太は床にあぐらを掻いて座った。麦わら帽子を脱いで、ためらうことなく奏太のベットに腰をかけたハルカ先輩は、紙袋からいそいそとクッキー缶を取り出している。彩った爪先でシールを剥ぐのに苦戦するハルカ先輩に「俺がやりましょうか」と手を差し出して、寄越せと暗に伝えれば、案外素直にハルカ先輩はクッキー缶を奏太へ渡してきた。ハルカ先輩とは違う、短い爪でカリカリとシールを引っかいて剥がし、ぱかりと蓋を開ければ、ハルカ先輩の声が降ってきた。
「中身のクッキー、奏太にあげるよ」
「え、なんで」
「欲しいのは缶の方だし。あと『デート』に付き合ってくれたから、そのお礼」
「…じゃあ、いただきますけど」
「遠慮とかしないの、奏太らしいよね」
「貰えるもんは貰っとかないと。どんだけ切り詰めて一人暮らししてると思ってるんですか、お菓子とか久々っすよ。それに、あんた遠慮されるの嫌いでしょーが」
「まあ、そうなんだけどさ」
袋入りのクッキーを有り難く抜いて、ファンシーな模様が名いっぱいに描かれている空っぽの缶をハルカ先輩に差し出す。
けれどハルカ先輩の手は、奏太が直前で手を引っ込めたせいで缶を受け取れずに宙を引っかいた。驚きに見開かれた大きな瞳を、奏太は下からじっと見つめる。西日が締め切れなかったカーテンの隙間から差し込んでくるこの部屋に沈黙が降り立ったのはほんの僅かで、それを破ったのもまた奏太の方だった。
「……ほんとに、いいんですか、ハルカ先輩」
「……最初に言っただろ、奏太。ケジメをつけたいって」
「……結婚するから?」
「うん。だから、もう終わりにする」
「いいじゃないですか別に。誰かに迷惑をかける訳じゃないし、結婚相手に言われたわけでもないんでしょ」
「そりゃあね。『これ』は奏太しか知らないし。でも、いい。自分なりに、考えて出した結論だよ」
「……そっすか」
「急に連絡したのに、快く付き合ってくれた奏太のおかげだ。ありがとう」
ハルカ先輩が、目を細めて笑う。やっぱり、そこらの女性よりもずっとずっと綺麗で、可愛い。奏太は目を伏せて、引っ込めていた缶を渡した。
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