再会

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 遙先輩は、歴とした男性だ。ただ、昔から女装するのが好きだった。  趣味、とでもいうのだろうか。高校の頃はお姉さんの化粧品やヴィックを借りて、女の子に変身して街を歩くことが多く、奏太がナンパしたのも丁度その時だった。ただただ、新しい自分になれることが楽しかったのと、思いの外自分が別嬪さんになれたのが嬉しいのだと(確かに、何度も繰り返すけれど女装したハルカ先輩はめちゃくちゃ可愛いし、一見男だと気付かないぐらい女の子だ)、カミングアウトされたときに教えてくれた。二人だけの秘密な、と前置いて。  それから、『デート』と面白おかしく銘打って、女装して『ハルカ』になった遙先輩と街中を歩いてみたり、出かけてみたりしたことは高校時代数え切れないほどあった。一目惚れの初恋こそ思わぬ形で砕けてしまったが、元々憧れて憧れてやまない先輩だ。どんな形であれ、一緒に出かれられるのは嬉しかったし、先輩の友達ですら知らない秘密を自分だけが共有しているという優越感で、奏太の胸はいっぱいだった。  化粧品のたくさん詰まったクッキー缶は、奏太の家の庭にある、桜の木の下に埋めることにした。ハルカ先輩の希望だ。桜の木の下に埋めたい、でも学校や公園は埋めづらいからと。深く掘り下げた地面をみて、なんだかタイムカプセルでも埋めるみたいだとぼんやりと思った。  でも、これから埋めるのは未来への手紙ではない。ハルカ先輩を、奏太たちはここに埋めて、過去に置いていく。捨てていく。  掘り出されることはきっとない。好きだったはずの物を、先輩自身を、そこに埋めて。結婚するから。遙先輩は、結婚するというそんな理由一つで、ハルカ先輩を捨てることを決意したのだ。 (……本当に、それで、先輩はいいの?) 「言っただろ、ケジメだって」  まるで奏太の心を読んだかのように、遥先輩が言った。思わず振り向いて彼の顔を見れば、思いの外、優しい表情が奏太を見ていた。  ああ、わかった。これは、本当に、ケジメだ。 「だから、お前がそんな顔しなくていいんだよ、奏太」  遙先輩のだけじゃない。これは、奏太のケジメでもあったのだ。 「俺もハルカも、誰かに想われ続けて、ずっと幸せだったんだから」  ありがとう。遙先輩が、ハルカ先輩の声で、そう言った。
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